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東京地方裁判所 昭和40年(わ)599号 決定

〔抄録〕

被告人須田公策、同岡島智康、同山中己年雄、同田中織之進に対する恐喝、同未遂被告事件において、検察官から取調請求のあった昭和四〇年九月二八日付証拠目録記載の証拠資料中請求番号31ないし40について、右被告人等の各弁護人から、右は違法収集証拠であるから、その取調の請求に異議がある旨主張し、これに対し当裁判所は同番号31の証拠については異議の申立は理由ないものとして、これを棄却し、同番号32ないし40の各証拠については異議の申立を理由ありと認め、右取調の請求を却下したが、右各裁判の理由の詳細は左にのべるとおりである。

一、右弁護人等の主張する異議申立の理由は、別紙記載のとおりである。本件捜索差押許可状二通、同請求書二通、捜索差押各手続調書計四通、証人安達健治、同上田政夫の各証言によると、東京地方検察庁検察官野村幸雄は、昭和四〇年一月二七日被疑者須田公策、同岡島智康、同山中己年雄に対する恐喝被疑事件について、東京簡易裁判所に対し、須田公策が代表取締役社長をしている横浜市南区花の木町二丁目二八番地マーベル株式会社の事務所及び被疑者岡島智康の東京都江戸川区小岩町五の一六九の住居の各捜索差押の許可状の発付を請求し、同日、同裁判所裁判官福島重雄から、

(1) 罪名は「恐喝」、被疑者は「須田公策」、捜索場所は右「マーベル株式会社事務所及び附属建物」、差押えるべき物は「本件に関連あるメモ、帳簿書類、往復文書、預金通帳、印鑑等」と記載した捜索差押許可状一通

(2) 罪名、差押えるべき物の表示は右に同じ、被疑者は「岡島智康外二名」、捜索場所は前記「岡島方居宅及び附属建物並びに車輌」と記載した捜索差押許可状一通の各発付をうけたこと、よって同検察官は翌二八日、右(1)の許可状に基く捜索差押を検察事務官上田政夫外一二名に右(2)の許可状に基く捜索差押を検察事務官安達健治外二名に、それぞれ命じ、右各検察事務官は、その執行を遂げたこと、本件証拠目録の番号32ないし40の各証拠物は、右(1)の差押物の一部、同目録の番号31の証拠物は右(2)の差押物の一部であることが認められる。

二、マーベル株式会社に対する捜索差押

(一) 捜索差押許可状に記載する「差押えるべき物」の表示はできるだけ具体的、明確であることが望ましいが、実際には捜索差押は捜査の比較的初期に行うことが多く、かような段階では捜査機関において当該被疑事件の証拠として如何なるものが存在するかを個別的具体的に把握していないのが普通であり、むしろこれを把握していないからこそ捜索の必要があるといえること、右特定記載を余り厳格に要求すれば捜査機関は捜索差押による物的証拠の収集に努めるよりも被疑者の自白を求めてその早急な逮捕に踏み切るという結果を招くことになりかねないことなどを考えると、右の表示としては、例えばいくつかの例示物件を記載し、その他はこれから類推される範囲のものというように表示したり、或いは、当該被疑事件との一定の関連を示す概念的抽象的説明を付加して概括的な表示をすることも、やむをえないものというべきである。併しながら、かような包括的、概括的な表示も無条件に許されるものでないことは当然であって、憲法第三五条が差押令状には差押えるべき物を明示すべきことを要請していること、刑事訴訟法が捜索差押の執行は捜索差押許可状を捜索差押をうける者に呈示し、責任者の立合を求め、その控制の下に行われるものとしていることなどに照して考えると捜索差押許可状中の差押物件の表示は、捜索差押をうける者において、執行の際、右の表示その他令状の全記載(罪名、捜索すべき場所、刑訴規則第九四条の事由)と照合して何が差押を許された物件であり、何が然らざる物件であるかの判断を下すことができる程度のものでなければならず若し捜索差押許可状の記載が捜索差押をうけるものをして右の判断を下すことをえしめるに足りないものであるときには、その令状は憲法の要請する差押物件の明示を欠いた違法な令状であり、これに基いて捜索差押をすることは許されないといわなければならない。よってマーベル株式会社に対する捜索差押許可状の記載について考えると差押物件の表示は「本件犯罪に関連あるメモ、帳簿書類、往復文書、預金通帳、印鑑等」であるが、「メモ、帳簿、書類、往復文書、預金通帳、印鑑等」というのはどこにでも多数存在し、ありふれたものであり、それ自体犯罪と無関係のものであるから、右の表示が差押物件を明示したものといいうるかどうかは、捜索差押をうけるマーベル株式会社にとって、「本件犯罪に関連ある」との文言の内容が具体的に明らかであるかどうかによるものといわなければならない。ところが右捜索差押許可状中、「本件犯罪に関連ある」との文言の内容を明らかにするものとしては「罪名」として「恐喝」、「被疑者」として「須田公策」との記載があるのみであって、これではマーベル株式会社において、何が「本件犯罪に関連」あるか否かの判断を下すに由ないものといわなければならない。マーベル株式会社は被疑者須田公策が代表取締役をしている会社であるが、法人格上は彼此別個であり、本件執行に右須田は立会っておらず、立会った同会社社員葉山茂、同木下司、同松島千秋、同山下昇、同安田成局において、執行当時「須田公策に対する恐喝被疑事件」というのが如何なる事件であるか、これを知っていたと認めるべき資料はないのである。然らば、マーベル株式会社に対する本件捜索差押許可状は、差押えるべき物件の明示を欠いた違法な令状であったといわなければならない。

(二) のみならずマーベル株式会社に対する捜索差押の執行の状況をみると証人上田政夫の証言、検察事務官上田政夫作成名義の差押調書などによれば、

(イ) 前記捜索差押許可状によって差押えた物件は、品名にして三四七点、数量にして一、四〇〇余箇(数量は押収品目録の数量欄記載の数字による、海外通信文綴二九冊とあれば二九箇、在庫報告等在中袋一袋とあれば一箇とする。)に及ぶ多量なものであり、

(2) 捜索の範囲はマーベル株式会社事務所営業課戸棚、及び机の中、管理課戸棚、社長室戸棚及び机の中、経理部戸棚、金庫及び机の中、総務部戸棚及び机の中、倉庫などに及ぶが、このうち社長室内にあった帳簿、書類は殆んど全部、経理関係の現に業務に使用されていた帳簿、書類も殆んど全部、を差押え、倉庫内から押収した物件の数量は同所に格納されていた書類、器具など全物件のうちの約五分の二に達する分量であったこと、

(3) 更に差押物件の品目を通らんとすると、

(イ) 売掛帖、商品出納帖、売上帖、金銭出納帖、受註控などの売上関係ないし経理関係の帳簿、伝票、書類、

(ロ) メモ、往復文書、手帳、ノート、雑書綴、日記などの類、

(ハ) 海外通信文綴、輸出検査証明書綴、同合格証袋、船積指図書綴などの輸出関係の書類、

(ニ) 生産関係綴、在庫報告書綴、日検結果報告書、製品別材料原価明細在中袋、原材料綴、原材料帳、技術課合格証、などの製造、仕入、技術に関する文書類、

(ホ) 固定資産台帳、株式台帳、財務諸表綴、権利証綴、設立関係文書綴、登記簿謄本等在中袋、株式等在中袋、などの株式、財務関係書類、

(ヘ) 関税関係申告書、税申告関係綴、物品税申告綴、免税申告台帳、所得税源泉徴収簿などの租税関係の書類、

(ト) 各種預金通帳、各種定期積立証券、信用金庫出資証券などの類、

(チ) 賃金台帳、給料支払明細書、支給品売上票綴などの従業員関係の書類、

(リ) その他印鑑一三個、印箱、名刺入箱、住所録、電話帳、鍵一九個、などの物件にわたっている(数量が大であるため、以上の分類は極めて概括的なものである)ことが認められ、以上(1)ないし(3)に認定した事実を綜合すれば、右のように社長室内の文書類の殆んど全部、経理関係の現に業務に使用中の帳簿、書類の殆んど全部というような差押の仕方であったことや、数量にして、一四〇〇余個という多量なものであったことなどに照すと、執行者において押収物件と被疑事件との関連性の有無につき、慎重な態度をもって個別的具体的に調査して押収してきたものとは到底認めえないのであり、むしろ関連性の有無について充分な調査をせず、無差別的恣意的に差押を行ってきたものと認めざるをえないのであり、殊に前掲捜索差押令状請求書及び証人上田政夫の証言によれば、本件被疑事実の内容は、マーベル株式会社社長の須田公策、もと株式会社平岡の経理課長であった岡島智康、マーベル株式会社の顧問の山中己年雄等が共謀のうえ、かねて探知していた、マーベル株式会社の取引先の株式会社平岡の不正輸出、輸出保険金詐欺等の秘密を種に同社役員等を脅迫して金員を喝取しようと企て、昭和三九年二月頃から、同年四月下旬頃までの間数次にわたり同社専務取締役平岡光生、営業部長三宅栄二等に対し、前記の秘密を表沙汰にして会社を潰ぶされたくないなら、二千万円を出すようにと申向けて脅迫し、同人等を畏怖させて同年四月二七日金額一〇〇万円の小切手一枚の交付をうけてこれを喝取したというのであったことが認められるが、前記押収物の分類中、(イ)の売上関係ないし経理関係の帳簿書類中、マーベル株式会社と株式会社平岡との取引に関する記載部分は、右恐喝被疑事件の背景ないし犯意の形成などを明らかにする事実の証拠資料に該当し、また(ロ)の、メモ、往復文書、手帳、ノート、雑書類、日記などの中には右被疑事実の共同被疑者間の通謀その他の共犯性又は計画的犯行性に関連する証拠資料が存在するかも知れないと一応疑われるとしても、その余の(ハ)ないし(リ)の各物件は本件恐喝と如何なる関連があるのか、甚だ疑わしいのである。なお一般に捜索差押の対象中には、例えば法禁物たる犯罪組成物件や犯罪供用物件などのように、それ自体、危険ないし有害な物件もないではないが、大抵の場合は、被差押者の手裡において大なり小なりの効用を発揮しつつあるものであるから、これに対する差押は合理的な最少限度に止められるのが当然であり、誤って関連性のないものを関連性ありとして差押えることのないように配慮すべきであり、とくに捜索差押が被疑者以外の第三者の所持品とくに会社、法人など多数人との間に複雑な取引関係、利害関係を有する組織体の帳簿、書類などを差押える場合には、一層慎重でなければならないところ、本件マーベル株式会社は、被疑者須田公策がその代表取締役であるにしても、これと全然別個の法人格をもつものであるのに拘らず、右捜索差押において、右に述べたような配慮は些かも払われなかったと窺われるのである。

(三) 以上、(一)、(二)に指摘したところを綜合すると、マーベル株式会社に対する本件捜索差押状には差押えるべき物件の表示として、一応前示のような記載があるが右の表示は、憲法第三五条の要請する差押物件の明示というに達しない違法な令状であり、かつ右令状に基く執行も令状の指示する範囲を著しく逸脱した恣意的無差別的な捜索差押であって、重大な違法のある執行であったと断ぜざるをえない。

三、被疑者岡島智康に対する捜索差押、右捜索差押の許可状中の「差押えるべき物件」の表示は、前記マーベル株式会社に対する捜索差押許可状中のそれと同じく、「本件犯罪に関連あるメモ、帳簿書類、往復文書、預金通帳、印鑑等」というのであり、許可状中、「本件犯罪に関連ある」との文言の内容を明らかにするものとしては「罪名」として「恐喝」、「被疑者」として「岡島智康外二名」の記載があるのみである。併しながら、右捜索差押手続調書、証人安達健治の証言、被告人岡島智康の供述などによれば、右捜索差押は、被疑者岡島智康本人の立会の下に行われ、かつ同人は右執行当時、右令状に記載の「本件恐喝被疑事件」というのが、株式会社平岡に対する恐喝被疑事件を指すこと及び右事案の内容について、かなり具体的な知識を有していたことが認められるから、右捜索差押をうける同人においては、右執行当時、右の程度の表示からでも、何が右被疑事件に関連し、何が然らざる物件であるかの判断を下すことができたものと認められる。更にまた右捜索差押の執行の状況をみると前掲資料によると、右捜索差押の執行の責任者である検察事務官安達健治において被疑者岡島智康に対し右捜索差押許可状に記載の差押えるべき物件を告げて提出して貰い、右のうちから関連性を調査して差押えたこと、差押物件は品目にして二六点、数量にして三八箇であり、その内には、本件の関連ないように思われる物件もないではないが、押収品目録記載の品名や前掲証人の証言に照すと、本件被疑事件との関連性を肯定できる物件が大部分であって、捜索差押許可状に表示された範囲内の差押であったということができるし、殊に右捜索差押許可状の表示には「預金通帳や印鑑」が掲げられているが、執行者において通帳の記載内容や印刻の名前などを実質的に調査し、本件被疑事件と関連性がないと判断して差押をしなかったことも認められる。以上の認定によれば被疑者岡島智康に対する捜索差押は、その捜索差押許可状の記載自体だけをとらえてみると不十分な点は免れないけれども、前示の事由を斟酌すれば、この程度では必ずしも違法無効な令状ということはできないし、また右令状に基ずく捜索差押の執行も適法な範囲を逸脱していないと認められる。なお弁護人等は、右押収に際し交付した押収品目録の記載はずさんなものであり、右押収は違法である旨主張するが、右主張事実は認められない。

四、以上によれば、マーベル株式会社に対する捜索差押は違法無効なものであり、従って右差押にかかる証拠物である前掲証拠目録番号32ないし40の各証拠物には証拠能力を認めるべきでないといわざるをえないが、岡島智康に対する捜索差押は右令状の記載の不備の程度並びにこれに基ずく執行の状況を通観すれば必ずしも違法無効なものとは認められないから右差押にかかる証拠物である右証拠目録番号31の証拠物は証拠能力を有することを妨げられない。

(裁判長裁判官 寺尾正二 裁判官 渡辺保夫 早瀬正剛)

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